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名古屋地方裁判所半田支部 昭和37年(ワ)6号 判決

○当事者

原告

天野勝

原告

天野英子

右両名訴訟代理人弁護士

堀部進

被告

棚橋運輸合資会社

右無限責任社員

棚橋硬

被告

棚橋硬

右両名訴訟代理人弁護士

大友要助

○主   文

一、被告棚橋運輸合資会社は原告天野勝に対し金一二六、九四三円、原告天野英子に対し金七〇、九四三円及び右各金員に対する昭和三七年二月一〇日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

二、原告両名の被告会社に対する其余の請求を棄却する。

三、原告両名の被告棚橋に対する本訴請求を棄却する。

四、訴訟費用は之を八分し、その七を原告両名の負担、その一を被告会社の負担とする。

此判決は第一項に限り原告天野勝において金四〇、〇〇〇円、原告天野英子において金二五、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

○事   実

原告両名訴訟代理人は

一、被告等は右自原告天野勝に対し金一、〇一〇、三六〇円、原告天野英子に対し金八二五、八九三円及び右各金員に対する本件訴状送達の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

二、訴訟費用は被告等の負担とする。との判決並に仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、

一、原告両名は昭和二五年一月二一日に結婚した夫婦であるが、その間に三女があり、二女恵子は昭和三三年五月一二日生れである。

原告天野勝は旅館業及び印判の外交を営んでいるものである。

二、被告会社の従業員である訴外島田一夫は被告会社の業務執行中昭和三六年八月一二日午前一〇時三〇分頃自動三輪車(愛六ひ八九二二号)を運転して知多郡南知多町大字豊浜字中の浦九七番地先を時速約四〇キロで西進中、進路左路端に数名の幼児が集つており右側にも数名が集つていたが、斯る場合には運転者としては幼児は往々にして不測の行動に出る危険が十分予想されるから警笛を吹鳴し減速徐行し絶えず幼児の動静を注視し若し不意に道路上に進出する場合にも直ちに急停車し事故を未然に防止する業務上の注意義務があるにも拘らず、不注意にも之を怠り漫然と進行した過失により左路端にいた幼児一名が道路中央に走り出て来たのを前方約三米に接近した瞬間に認め同児との衝突を避けんとしてハンドルを右に切つた為め偶々その進行路上に居合せた訴外大岩まさ(当七九年)及び原告両名の二女恵子(当三年)に右自動三輪車を衝突させ、その場に恵子等を転倒させ、恵子を頭蓋底骨折により即死させるに至つた。(以下本件事故という)

三、右恵子の死は被告会社の従業員たる訴外島田一夫の被告会社の業務執行中における過失に基因するものであるから使用者たる被告会社は右事故により右被害者並にその両親たる原告両名に加えたる損害を賠償する責任がある。然るに被告会社はその会社財産をもつて右損害賠償債務を完済することができないから被告会社の無限責任社員たる被告棚橋硬も亦直接原告等に対しその弁済の責に任じけなればならない。

四、右天野恵子の死亡により原告両名の蒙つた損害並に原告両名において遺産相続をした損害は左のとおりである。

A 原告天野勝の損害額。

(一) 金二五〇、〇〇〇円。 慰藉料。

本件事故による原告天野勝の精神的苦痛はもとより金銭ではつぐない得ないものがあるが、その苦痛の慰藉料としては金二五〇、〇〇〇円を相当と考える。

(二) 金八六、七六七円。 葬儀費用。

原告天野勝は右恵子の葬儀費用として金八六、七六七円を費消したが、右費用は本件事故により蒙つた損害である。葬儀費用の内訳は左記の通りである。

葬儀費用の明細

金額

費目

金一五、〇〇〇円

葬儀法要より忌明けまでの法要布施

金  一、五〇〇円

遺体保存用ドライアイス代

金  四、五三〇円

葬具棺代

金  二、九五〇円

晒代他死装束

金  二、九八五円

式壇仏具

金    二四〇円

死亡診断書等の手数料

金  八、一三〇円

弔問者謝礼費

金  一、二五〇円

酒代

金  九、二〇五円

告別式食費

金二〇、四四〇円

告別式饅頭、餠代

金  二、八〇〇円

通夜接待費

金  一、五五五円

告別式消耗品

金  三、六六〇円

線香、ローソク代

金一二、〇二二円

七七忌までの念仏接待費

金     五〇〇円

位牌

合計金八六、七六七円

(三) 金九七、七〇〇円。 休業による損害。

原告天野勝は恵子の死亡により死亡後七七忌まで旅館業及び印判類外交販売業を休業した。之により金九七、七〇〇円の得べかりし収入を喪失し、同額の損害を蒙つた。

a 印判類外交販売の休業による損害。

原告天野勝は訴外昇仙堂本店及び磯部鋳造ゴム印店より印判、ゴム印類の取次販売をしているが本件事故発生前三カ月間(九二日間)における其の販売手数料収入は合計金九六九九八円であつたから之を基準として同原告が休業した恵子死亡後五十日(恵子が死亡した昭和三六年八月一二日より四九日忌の九月三〇日まで)間に得べかりし手数料収入を計算すれば金五二、七〇〇円となる。

b 旅館業の休業による損害。

昭和三六年度の旅館営業による所得金額は金一〇〇、〇〇〇円であるが、原告方は海浜に位する小さな旅館であるから、宿泊する客は初夏から初秋にかけての海水浴客と釣客のみであり、恰も本件事故当時は営業の最盛期であつたのでその休業による損害は大きかつた。

原告天野勝は印判外交販売並に旅館業を五十日間休業したが、その理由は原告等の居住地域の慣習により近親の者の間に於ても死後七日は休業するものであり、四九日忌までの七七忌には前夜の念仏の支度についで当日の寺詣り墓詣りのために休業するもので、偶々本件事故の日即ち恵子死亡の日が八月の第二土曜日であつたために、七日目の各忌日がいつも土曜日に当つた。而して原告方の客筋は名古屋方面からの魚釣客が主であり而かも六月のキス釣りから毎土曜、日曜日に客があり一〇月中旬頃に大体終る例である。その為めに原告方はやむなく四九日忌日まで休業届を南知多町役場に提出して休業したのである。

以上の事情から考え、本件事故前後の年の平均収入を勘案して旅館休業による宿泊代の損害金は金四五、〇〇〇円程度に上るものと解すべきである。

(四) 金五四、九四二円。養育費。

恵子の出生から死亡に至るまでの間原告両名は月平均五、〇〇〇円の養育費を支出したから、之をホフマン式計算法により現在価格に換算すると金二八八、〇〇〇円となる。

5000円×12×4=240,000円

240,000円×(1+0.05×4)=288,000円

然るに被告会社は原告等に対し金二、〇〇〇円の見舞金並に自動車損害賠償保障法による保険金として金一七六、一一五円を支払つたから之を右養育費の一部支払に充当する。よつて養育費の残金は金一〇九、八八五円となる。従つて原告両名の右損害金はそれぞれ各その二分の一である。

(五) 金五二〇、九五一円。 恵子の得べかりし利益の喪失。

厚生省大臣官房統計調査部作成の生命表によると生後三年三月の幼児の平均余命は六四年余であり、日本人の平均寿命は六七年である。そして日本人は満一八歳から就労しうるものと認められるから六七年より一七年を控除すれば就労年数は五〇年である。

女子の平均月額収入は公務員は初任給で金九、八〇〇円、商社で金一二、〇〇〇円高齢者が金三〇、〇〇〇円、中年者は金一五、〇〇〇円と認められるから、期末手当等の臨時給与を含め年一四カ月分の収入があるものとし、平均給与金一五、〇〇〇円として計算すれば年間の平均収入は金二一〇、〇〇〇円となる。而して生活費は月金六、〇〇〇円として年間七二〇〇〇円となるから之を控除し年間の純益は金一三八、〇〇〇円となる。之に五〇年を乗ずればその生涯の収入総額は金六、九〇〇〇、〇〇円となる。

なお一八歳までの養育費は死亡時(三年四月)より一一歳までは月額金五、〇〇〇円として金四六〇、〇〇〇円、一二歳より一四歳までは月額金五、五〇〇円として金一九八、〇〇〇円、一五歳より一七歳までは月額金六、〇〇〇円として金二一六、〇〇〇円、以上の合計は金八七四、〇〇〇円となる。

よつて前記純収入総額金六、九〇〇、〇〇〇円から右養育費金八七四〇〇〇円を控除すれば金六、〇二六〇〇〇円となる。之が恵子が生涯に得べかりし純収入の総額である。ホフマン式計算法により年五分の民事法定利率により中間利息を控除するときは右純収入の総額の現在価は金一、四三四、七六〇円となる。

原告両名は本件訴状において右得べかりし純収入の総額の計算を誤記し金一、〇四一、九〇三円として請求したから之の金額を右純収入総額の内金として請求することとする。そして原告両名は恵子の遺産相続人として恵子が右得べかりし利益の喪失により被告会社に対して取得した損害賠償請求債権を相続した。原告両名の相続分はそれぞれ右金額の二分の一即ち金五二〇、九五一円である。

以上(一)乃至(五)の合計金一〇一〇、三六〇円

B 原告天野英子の請求額。

(一) 金二五〇、〇〇〇円。 慰藉料。

その詳細はAと同じ

(二) 金五四、九四二円。養育費。

但し原告天野勝と折半した金額。其詳細はAと同じ。

(三) 金五二〇、九五一円。 恵子の得べかりし利益の喪失。

但し原告天野勝と折半した金額。其詳細はAと同じ。

以上(一)(二)(三)の合計金八二五、八九三円。

五、よつて原告天野勝は被告両名に対し各自金一、〇一〇、三六〇円、原告天野英子は被告両名に対し各自金八二五、八九三円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と陳述し、被告の抗弁事実を否認し、

立証として(省略)

被告訴訟代理人は原告両名の請求を棄却する旨の判決を求め答弁として

一、請求原因第一項中、原告天野勝が旅館業を営む点は不知その余の事実は認める。

二、同第二項中、

「被告会社の従業員たる訴外島田一夫が被告会社の業務執行中原告等主張の日時場所において自動三輪車を運転して西進中左路端より幼児一名が道路中央に飛び出しこれを避けるためハンドルを右に切り右側路上において訴外大岩まさ及び天野恵子に右自動三輪車を衝突せしめて天野恵子等を即死させた」ことは認めるが、其の余の事実は否認する。

右事故の状況は次のとおりである。

事故現場は南知多町大字豊浜の市街地であつて家並が櫛比し、道路の幅員は約五米位しかないのに車輛の通行が相当あるところである。

従つて同路上を通行する者自身においても相当注意を要するのは勿論、まして幼児が路上において遊び又は路上に立つて買物をする場合には、その保護者が安全な方法を採り車の被害から幼児を護る義務があることは当然である。

本件の場合、被害者恵子は満三歳の幼児であるから、当然保護者が安全な方法を採り幼児を車の被害から保護するため万全を期すべき注意義務があるに拘らず恵子の保護者たる原告天野英子は路上右側に駐車した自動三輪車の外側(一般車輛の通行する側)に漫然、恵子と共に立ち止まり道路中央に背を向けて買物をしており、路上を走行する車には全然無関心であつた。偶々運転者訴外島田一夫は制限時速三五キロで内海方面に向つて西進して事故現場に差しかかつたところ、左側の建物陰から幼児が俄に飛び出して道路中央に走り出したのでこれを避けるべく、ブレーキを踏むと同時にハンドルを急に右に切り約一五米先の右側路上に駐車していた右自動三輪車に近接したために右島田一夫の搭乗していた車が恵子に僅かに接触したが、幼児のために転倒し本件事故を惹起するに至つたものであり若し原告英子が右自動三輪車の内側に立つか外側に立つても幼児を背負い且つ車の交通に注意を払つていたならば本件事故は避けることができた筈である。従つて本件事故は訴外島田一夫の無謀操縦に因るものではなく保護者たる母英子にも被害者の保護につき過失の責任があることは覆うべくもない。

三、同第三項は否認する。

(一) 運転者島田一夫は未だ曾て事故を起したことがなく、被告会社は常に無事故であるように監督して来たから被告会社は被用者たる右島田一夫の選任監督につき相当の注意を怠らなかつた。又本件事故は狭い道路上で駐車上の自動三輪車から道路中央側に立つて買物をしていた不注意によつて発生したのであるから、相当の注意をしても避けられない状況の下に生じたものであるから何れにしても被告会社に責任はないのである。

(二) 被告会社はその会社財産により原告等の本訴請求額を支払う能力があり、且つその執行も亦容易であるから、無限責任社員たる被告棚橋硬に対する本訴請求は失当である。

四、同第四項は否認する。

(一) 仮りに被告会社に本件損害賠償の責任があるとしても、被告者恵子の保護者たる原告等にも前示の過失があつたのであるから損害賠償の額を定めるについて右被害者の過失を斟酌せらるべきである。

(二) 本訴請求額は過当である。

(1) 愛児の不慮の死による原告等の精神的苦痛は諒するに余りあるところであるがその慰藉料請求額は過当である。

(2) 葬儀費用は実際上の出費しか請求出来ない筈であり、その額も多きに過ぎる。

(3) 休業による損害は最高一週間をもつて足るべく、慰藉料を別に請求しているのであるから、これをもつて満足すべきである。而かも営業主しか請求出来ない性質のものである。

(4) 養育費は実際上の出損者しか請求できないし、将来の得べかりし利益を請求している以上は、養育費を請求することは許さない。

(5) 被害者恵子の得べかりし利益は将来のことに属し、不明である又成人して一定の収入を挙げるまでには教育費療費結婚費用等莫大な出資を要することは当然で必ずしも被害者が得べかりし利益を喪失したと結論することは困難である。

と陳述し

立証第一、二、三号証の成立は認めるが爾余の甲号各証は不知と述べた。

○理   由

第一、(争のない事実)

(1) 本件事故が原告主張の日時、場所において発生したこと。

(2) 被害者天野恵子は原告両名の二女にして当時満三歳三月(昭和三三年五月一二日生)であつたこと。

(3) 原告天野勝は事実上旅館業を営み、兼ねて、印判の外交販売をしていること。

(4) 被告棚橋硬は被告会社の無限責任社員であること。

(5) 原告両名は本件事故につき自動車損害保険金一七六、一一五円を受領したこと。

は当事者間に争がない。

第二、運転者島田一夫の過失。

(一) 過失の有無。(証拠―省略)を綜合すれば、本件事故について運転者たる訴外島田一夫に過失があつたことは疑を容れないところである。

(二) 過失の軽重。更に運転者島田一夫の過失につきその軽重を審究するに、前示各証拠によれば

(イ) 島田一夫が被告会社の自動三輪車を運転して本件事故現場に差しかかつた際左側(車の進行方向よりみて、以下同じ)の建物陰から幼児が俄に飛び出して道路中央に向つて走り出て来るのを前方約三米に接近して発見し同児との衝突を避けんとして突瑳にハンドルを右に切つたため勢い車は道路右側に進行した為に被害者恵子に接触し不幸本件事故が発生したものである。

(ロ) 而して事故現場の道路右側端に訴外神谷進が自動三輪車に西瓜を積んで路上販売のため駐車して居り、被害者恵子の母、原告天野英子は恵子外二児を連れて神谷の車の左側に道路の中央に背を向けて立ち止まり、長女紀美子と被害者恵子は神谷進の自動車の後方に居るように言い付けて自らは三女を抱いて神谷進に積載していた西瓜を物色していた際右島田一夫運転の自動三輪車が叙上の事情から運転を誤り西瓜を売つていた自動三輪車すれすれに暴走して来たところ偶々被害者恵子が母英子を慕つて西瓜売りの車の後部左角より稍左に出ていたために島田一夫運転の車に接触転倒し本件事故を惹起するに至つたものと認められるのであつて、原告等の主張するように若し被害者が西瓜売りの車の後部に留つていたならば当然本件事故は避け得られたに違いない。

(ハ) 右のように認定せられる以上、本件事故は建物陰より出た幼児の暴挙と運転者島田一夫の過失並に被害者の保護者たる母英子の過失という三つの事実の偶然の競合により発生した不幸な出来事と謂わなければならない。

(ニ) 果して然りとすれば本件事故について運転者島田一夫の過失責任は勿論免れないところであるがその過失の程度は相当軽減されるべきである。

(ホ) 因に、本件事故は右天野恵子の外に訴外大岩まさをも死亡させた重大事故にも拘らず検察官がその処分として略式命令を請求するに止めたのは運転者島田一夫の過失の評価について当裁判所の右認定と同様な見解の下に立件されたものではあるまいか。

第三、被告会社の責任。

本件事故は叙上認定のように被告会社の被用者たる運転者島田一夫が被告会社の業務執行中同運転者の過失により惹起したものであるから、被告会社は之により第三者たる天野恵子に加えたる生命侵害に対し、損害賠償の責に任すべきは当然である。尤も被告会社は運転者島田一夫の選任及び其業務上の監督につき相当の注意をしており、且つ本件事故は相当の注意をしても避けることができなかつたものであるから民法七一五条による使用者責任はない旨抗争するが甲第二号証によれば島田一夫は過去において道路交通法違反の前科が二件あり且つ本件弁論の全趣旨によるも右抗弁を認めるに足る証拠がないから之を採用することはできない。

第四、被告棚橋硬に対する本訴請求の適否。

原告両名は本訴請求前において本件事故に対する損害賠償の請求をなしたところ被告会社は到底その支払をなすことが不能に近いとの事であつたから、本訴請求に際し被告会社の財産をもつて原告両名の本訴請求金額を完済することができないものと認め被告会社の無限責任社員たる被告棚橋硬に対しても直接に本訴請求をするものである旨主張するが合資会社の債権者が会社の無限責任社員に対し直接に請求するためには、商法第八〇条第一項又は同条第二項の条件を具備することを主張し且つ立証しなければならない。而して商法第八〇条第一項に所謂「会社財産をもつて会社の債務を完済する能わざるとき」とは会社の積極的財産の総額と会社の債務の総額とを比べて後者が前者より多いとき即ち債務超過の場合を指称するものとせられるのであるが、会社の外部にある債権者としては会社の財産の状況を詳細に知る筈もなく又之を探知することも困難であるから特に同条第二項の規定を設けて「会社財産に対する強制執行が其の効を奏せざりしとき」なる条件が規定せられたものである。

然るに原告両名は本訴において商法所定の右各条件について何等の主張、立証もしないので、被告棚橋硬に対する本訴請求は既に之の点において失当である。

第五、損害額の認定。

そこで進んで原告両名の本訴請求額の適否について以下検討することとする。

(a) 葬儀費用。不法行為に基く生命傷害の場合に、その死者の葬儀費用が損害賠償の範囲に属することは一般に認められているところであるが、その数額の適否は実際に支出した費用額にのみよるべきでなく被害者並にその遺族の社会的地位年齢その他地方の慣習等あらゆる環境を勘案して決定せらるべきものである。

原告天野勝は葬儀費用として金八六、七六七円を費消した旨主張し且つ立証しているがその費目数額、並に被害者の年齢遺族の社会的地位等一切の事情を勘案し金五〇、〇〇〇円を相当と認定する。

(b)休業による損害。原告天野勝は休業による損害として旅館業及び副業の印判の外交販売業を夫々五〇日間休業した旨主張し、その間における営業収入の喪失を損害額として計上しているが、被告側の抗弁を俟つまでもなく右主張は過大である。

原告天野勝の供述によると自動車損害賠償保障法に基く保険金請求の際その請求用紙に休業の損害を「三カ月」と記載されていたので之を根拠にして本訴においても請求するのであるというか之は全く理由にならない。

就中、副業の印判の外交についての休業の損害はその職種自体が一定の常勤形態を認められない自由業であるから毫も休業の損害なるものを認めることはできない。

次に旅館業であるが、名義人は同原告の父天野広助であるが事実上の経営者は同原告であることは被告会社も争わないところであるから、その休業による損害は一応認めることができる。しかしその期間は被告会社主張のように一週間程度をもつて足るものと認定する。尤も本件事故発生時が恰も盛夏であり、海浜の旅館としてその損害が大きかつたことは認めなければならないが五〇日間の損害金として同原告の請求する金四五、〇〇〇円は過大であり、最大限金二〇、〇〇〇円をもつて足るものと認定する。

(c) 養育費。幼児の生命侵害について両親が養育費を加害者に請求しうるや否やは問題である。子女の養育は近頃のドライな考方から云えば或は一種の投資といえるかも知れないが、子女の養育をもつて、将来子女から反対給付をうけることを目的とする投資と考えることは人間の愛情生活を無視する暴論という外はない。夫婦は子女に対する愛情から又、人間として当然の義務として子女を養育するものである。若し不幸にして子女が夭折すれば養育費は全く為に帰するが之又已むを得ないことと諦める外はない。なるほど両親としては他人の不法行為により子女の生命を侵害せられたならばその養育費についても之が賠償を求めたい気持になることも否定し難いところであろうが之はやはり当該事件により受けた精神的苦痛の内に包含せられた所請慰藉料の請求のうちに内包せられるものとみるべきが相当であろう。

以上の見地から当裁判所は原告両名の養育費の請求は之を認めない。

(d) 得べかりし利益の喪失による損害。原告両名は被害者恵子が本件事故により将来得べかりし収入を喪失したことによる加害者に対する損害賠償請求権を遺産相続したとして右損害の賠償を被告会社に請求する。生命侵害により生ずる財産上の損害として一般に被害者が天寿を全うすると仮定して将来取得するであろうと想定せられる収入総額から本人のその生存期間に要すべき生活費を控除した数額を将来被害者の得べかりし利益の喪失による損害とし該損害は遺産相続人によつて承継せられたものと認められ之を一時に請求するときは所謂ホフマン式計算法りより中間利息を控除すべきものとせられている。

しかしながら生命侵害による不法行為上の損害賠償として被害者が将来得べかりし利益を想定し之が損害の賠償を請求するに当つては、少くとも被害者の現在並に将来における収入につき或程度その計算の基礎となるべき事実を前提として計算せられるべきものと考える。被害者の現在の職業すらきまつていないような若年若しくは老年者の場合にも果してかかる損害を正確に算定することが可能であろうか。

本件の被害者恵子は当時僅かに満三歳三カ月の幼児であるから医学的にみても将来の生育の見通しが立つものとは考えられないのであつて、一片の生命統計表を唯一の資料としてその平均余命を想定すること自体甚だ危険ではあるまいか。しかも同女は原告等の二女である限り恐らく成年に達し就労年令に至れば遠からずして結婚して他嫁する運命をたどるものと考えるのが常識上当然であろう。してみれば恵子が仮りに将来就職し結婚後も引続き就業する場合も想定し得ないわけではないが、その収入は挙げて恵子夫婦とその間に出生するであろう子女の生活に充当せられ両親たる原告両名の利得となるべきものではない。又其の場合恵子の第一順位の遺産相続人は夫であり子である筈であり、恵子に夫や子のない場合にのみ原告両名が遺産相続権を有するに過ぎないのである。

尤も恵子が死亡した現在における遺産相続人はもちろん原告両名であることは明らかであり、従つて恵子の将来の生涯に亘つて得べかりし収益の喪失による損害賠償請求権は法的には原告両名において遺産相続する関係にあることは認めざるを得ないのであるが、不法行為に基く損害賠償の範囲の認定に当つては被害者側のみならず、加害者側の立場も考慮しその損害補填につき公平の原則と経験則に立脚して聊も不公平なる取扱をなすことはできないのであつて之の意味において且つ又裁判の本質から云つて、出来得る限り精密なる計数上の根拠に基いて算定されなければならないのみならず具体的妥当性を要請せられること勿論であるこの意味において被害者恵子の将来得べかりし収入額を正当に算定することは原告両名提出の全証拠によるも法的に不可能なりと認定する外はない。

当裁判所の右のような見解は加害者側を不当に利するものではないかとの反論も予想せられるが本件の場合、将来の得べかりし利益の計算の基礎そのものが極めて瞹眛であり信用するに足りなのであり、且つその立証も殆んどなされていないのであるから、斯る不確実なる計算に基き百数十万円に上る請求をなすこと自体甚だ不当な要求と謂うべきではなかろうか。

以上説示の理由によつて原告両名の右請求はすべて失当として排斥する。

(e) 慰藉料。原告両名が最愛の恵子が不慮の死を遂げたことにより精神上極めて大きな衝撃を受けその悲嘆は金銭には償うことができないものがあることは察するに余りがある。しかし之の精神的苦痛に対する慰藉料の算定に当つては双方のあらゆる事情を勘案し且つ公平の原則に従うことが要請せらにるのであり就中加害者の過失の軽重、被害者側の過失の有無等も充分考慮されなければならない。

以上の見地に立脚し、本件弁論の全趣旨並に本件に現われた全証拠を綜合すれば被告会社は原告両名が本件事故により蒙つた精神的苦痛を慰藉するため原告両名に対しそれぞれ金二〇〇、〇〇〇円を支払う義務があるものと認定するを相当と思料する。

第六、過失相殺の抗弁について。

次に被告会社の過失相殺の抗弁について検討する。

本件事故は叙上のように被害者恵子の保護者たる原告英子が当時道路端に駐車中の西瓜売りの自動三輪車の外側即ち車の通行する道路中央部に背を受けて立ち当時僅か満三歳の恵子を姉の紀美子と共に該三輪車の後部に居るようにと云つて自らは西瓜を物色中に発生したものである。その前後の事情と前示各証拠によれば事故発生時恵子は西瓜売りの車の後部から稍道路中央寄りの車の左角附近に多少道路中央に向け出ていたために恵子が加害者の車に僅かに接触するに至つたものと認められる。そこで原告英子が当時恵子の動静に充分の注意をしていたならば本件事故を未然に防止することができたのではないかと惜しまれるのである。この意味において原告英子にも相当の過失があつたものと認めざるを得ないのである。よつて被告会社の過失相殺の抗弁は理由がある。

そこで進んでその過失の軽重から過失相殺の程度を審究するに、本件弁論の全趣旨を綜合し加害者側の過失と被害者側のそれとの比率は一〇対二と認めるを相当とする。

第七、原告両名の損害額の計算。

以上の認定に基いて被告会社が原告両名に支払うべき損害額の計算をすれば左のとおりである。

(一) (A) 原告天野勝に対する賠償額。

(a) 葬儀費用金五〇、〇〇〇円。

(b) 休業による損害金二〇、〇〇〇円。

(c) 慰藉料金二〇〇、〇〇〇円。

以上合計金二七〇、〇〇〇円。

過失相殺()五四、〇〇〇円。

差引 金二一六、〇〇〇円。

(B) 原告天野英子に対する賠償額。

慰藉料金二〇〇、〇〇〇円。

過失相殺()四〇、〇〇〇円。

差引 金一六〇、〇〇〇円。

(二) 但し原告両名は自動車損害賠償保障法による保険金として金一七六、一一五円並に被告会社より見舞金として金二、〇〇〇円を受取つていることは当事者間に争がないから之を右金額より控除すべきものとする。

而して原告両名は右金員を各二分の一即ち金八九、〇五七円宛取得したものとして計算すれば

原告天野勝の被告会社に対する損害賠償債権額は金一二六、九四三円。

原告天野英子の被告会社に対する損害賠償債権額は金七〇、九四三円。

である。

(三) よつて被告会社は原告天野勝に対し金一二六、九四三円、原告天野英子に対し金七〇、九四三円及び右各金員に対し夫々本件訴状が被告会社に送達せられたこと本件記録上明らかなる昭和三七年二月九日の翌日より支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものと謂わなければならない。

第八、むすび

以上の理由によつて原告両名の本訴請求は、前項認定の限定において相当として之を認容し、爾余の請求は失当として棄却すべきものとし、訟訴費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し主文のように判決する。(裁判官 織田尚生)

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